―新モン州党―その5


11月25日午前5時起床。天候は曇り。6時10分、5台の車両と30人の武装兵士に守られて臨時仮宿泊所の寺を出発。7時15分、途中の露店で簡単な朝食をとる。

相変わらずの悪路。途中、何回も谷川に入り、ある場所では20分以上も川の中央を登り、また下る。突然、川岸よりジャングルに入ることもしばしば。政府軍に軍用犬がいるかどうかは知らないが、水の中で臭いを消し、政府軍兵士に通った道を発見させにくくするためらしい。

タイ国境近くで、少数民族より絶大な信頼を得ている井本勝幸氏の農場に立ち寄った。車では登れないため、途中から息を切らせながら30分ほど坂を登ると、井本氏が指さす方向には急斜面に植えられている麻の畑が望見できた。

「よくもこんな所を開拓しましたね」と訊ねると、「貧農に、何とかして少しでも高く売れる農作物の耕作を教えたいと思い、麻、三椏楮(みつまたこうぞ)や綿の栽培を始めたところで、成功すれば、その成果をもとに村人に指導していきたい」と夢を語ってくれた。

 

井本氏(1)MM01_02_0809.JPG
平和なミャンマーを夢見て、井本氏と語る



平地が少ないモン州とはいえ、約30度ほどもあると思われる傾斜地は重労働であろう。しかし「モン族は勤勉で足腰は強く、貯金に熱心で、何の心配もありません」と、井本氏はこともなげに一笑に伏した。

 

麻畑(2)MM01_02_0804.JPG
村人は皆働き者



彼の「帰りは近道をしましょう」との誘いに従ったところ、下る登山道はやっと一人が通れる程度の粘土質の急坂で、岩には苔がへばりついて滑りやすく、写真のように杖をたよりに下らざるを得なかった。

 

杖(2)MM01_02_0827.JPG
杖を頼りに、登り

杖で谷を下り.JPG
下り

杖(1)MM01_02_0834.JPG
川を渡る



靴をはいたままでの谷川渡りで、靴は水と泥で使用不能。ほうほうの体でタイ側に戻り、水で体を洗い、同行の吉田鈴香の藁草履をもらって帰国のために空港に向かう。5時に起床しバンコクの空港到着は21時50分。その間の車での移動時間は、何と! 12時間30分。長い一日であった。

買い物の時間もなく、写真のように、昔の刑務所出所者のような素足に草履、その上、夏ズボンに冬ジャケットの情けない姿で成田に到着した。

同行の諸君も半そで半ズボンの夏姿で寒い成田空港に降り立った。

 

草履で電車の仲.JPG
刑務所から出所?
―侘しいミャンマーからの帰国姿―



31年間、382回の私の海外活動の中には、アフリカ・コンゴ民主共和国の密林にピグミー族を訪問したり、ブラジル・アマゾン河奥地でレパード(ヒョウの一種)に襲われそうになったりと、幾多の困難な体験があるが、今回のミャンマー少数民族武装勢力の新モン州党訪問こそ最悪の旅行であった。

三日間で40時間の泥土と岩場の悪路との格闘は、道のイメージには程遠く、よくぞ事故もなく腸捻転も起さずに帰還出来たものだ。

過ぎ去ってみれば、記憶の美化作用で既に楽しい思い出の旅になっている。「それならもう一度如何」と友人は悪態をつくが、私は男の約束として、彼ら11の少数民族武装勢力全ての地域の訪問を約束している。

今回はほんの肝試しであった。
 

(おわり)
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