12月5日午前6時40分出発。往復8時間のシャドー村国内避難民村を訪ねた。途中、ドゥ・テヨ(Daw Tayo)という国内避難民の村にも立ち寄った。キャンプが次第に村として定着していったようだ。
武装警察官に守られてのジャングルの山道は相変わらず厳しい。反政府勢力の最高幹部の第一幹事長は、わざわざタイ国境近くから私たちとの会談のために政府側の地域に出てきてくれた。停戦中とはいえ、勇気のある彼の行動には敬服せざるを得ない。
シャドー村にある国内避難民村は、従来からあるシャドー村(人口7000名)に隣接し、約1000人269世帯が生活しており、「シャドー村の外」とか「シャドー村隣」という名称で呼ばれている。かつて戦闘のあった地域で生活していた村人は、心情的に反政府側に思いを寄せているため、政府軍の情報や反政府側の連絡要員の役目を果たしていると判断され、7日間以内の強制移住だといわれてここに連れてこられたという。
シャドー村には二ヶ所の国内避難民村の子供たちが学ぶ小学校があり、6人の先生のもとで懸命に勉強している様子を見学した。7月になって武装グループのリエゾンオフィス(連絡所)も開設され、10人の事務員が避難民の相談や生活指導にあたっているが、従来のシャドー村の人々との交流は一切ないという。あとから住み始めた避難民に対して差別の感情があるようであった。
我々の訪問のために一頭の豚が屠られ、昼食に提供された。一行を率いる第一幹事長も、政府支配地域にあるこの村を訪問するのは初めてで、リエゾンオフィス(連絡所)の事務員となにやら話し合っていた。
我々を警護する武装警察の隊長が、反政府武装勢力の第一幹事長と一緒に写真を撮りたいと申し出、ツーショットに応じるという不思議な光景もあった。
第一幹事長に質問したところ「私はよくテレビに出演するので、政府側支配地の人々も良く知っており、ちょっとした有名人だ」と、恥ずかしそうに答えてくれた。第一幹事長主催の夕食会にはカレニーの州首相も出席。資金難の中、精一杯の歓迎宴でカレニーの各部族の歌や踊りの披露があり歓待してくれた。
世界中には色々な奇習があるが、首長族の女性の踊りには心底驚いた。5~6才から首に真鍮の環を1つずつはめていくそうで、写真の老婆はどのようにして寝るのか、首は折れないのか、余計な心配をしてしまった。アフリカ・エチオピアのムルシ族は、下唇に土製の皿を入れて一番大きな皿を入れている女性が美人であるとの評価であったが、この首長族も環が1つでも多い方が美人だそうだ。
舞台終了時、武装勢力第一幹事長と州首相を舞台の上で握手させた。第一幹事長は少し躊躇されたが、停戦から真の和平への願いを込め、少し強引に連れ出した。