「ミャンマー少数民族武装勢」
―新モン州党訪問―その1
このシリーズを書くにあたり読者に予めご了承願いたいことは、まず11少数民族武装勢力と私との間で、如何に短期間に信頼醸成を構築するかが最大のテーマであり、私を信頼して少数民族武装地域へ入ることを特別に許可してくれた面談者の名前、会談内容、地域の状況、武装状況等は割愛せざるを得ない事情をご理解いただきたい。又、暗殺の可能性も皆無とは言えず、行程の詳細な事前発表も慎むようにとの助言を頂いている。
読者もご高承の通り、10月18日、日本財団会議室において「ミャンマー少数民族武装勢力支援会議」が10勢力の参加のもとに世界で初めて開催された。人道的見地から緊急支援物資(主に米と医薬品)の配布方法の検討を行い、各少数民族からの現況報告もあって成功裡に終了したことは、世界の主要メディアにより発信された。
義理・人情は日本人だけの特権ではなく、世界共通である。かつて、カーター元アメリカ大統領は、我々が彼の父母の墓参りをした返礼に、超多忙の中、大阪まで私の先祖の墓参りに一泊の日程で飛来してくれたことがあった。
私は来日の御礼をかねて彼等の居住地を順次訪問することを約束した。まず11月22日、バンコク経由、サンカブリから新モン州党の支配地域であるモン州に最高幹部を訪ねた。
成田からバンコクまで約6時間の飛行時間。そこからサンカブリまでは、タイの整備された道路でも夜中の0時30分の到着と、途中での夕食時間を除いても7時間30分の移動となった。翌23日は朝7時出発のため、早々に粗末な木造の宿舎で眠りについた。
タイ・ミャンマーの国境(左側がタイ)
護衛のモン族軍の兵士と共に
11月23日7時15分、新モン州党のタイ側秘密アジトで簡単な朝食をとり、新モン州党幹事長宅での表敬をすませ、当方一行6名と幹事長や護衛と共に5台のトヨタ製ピックアップ車に分乗して出発となった。
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